中村憲剛選手の映画は川崎の地域密着ヒストリー。チーム運営者に是非見てほしい3つの理由

150分の映画上映中、たぶん10回くらいは涙した。

それくらい、自分にとって琴線に触れた映画となった。

ONE FOUR KENGO THE MOVIE~憲剛とフロンターレ 偶然を必然に変えた、18年の物語~

川崎フロンターレで昨年まで活躍した中村憲剛選手の映画である。

しかし、この映画は、彼のプレーの素晴らしさ「のみ」を伝える内容では全く無かった。

どちらかと言えば、中村憲剛という一プレーヤーを通して、川崎フロンターレがどう川崎市と一緒に現在地に辿り着いたか、その過程を伝えるクラブヒストリー的映画で、強い衝撃を受けた。

川崎市は昔「スポーツ不毛の地」と言われていたこと

大洋ホエールズ、ロッテオリオンズ、ヴェルディ川崎・・・これらのスポーツチームは、川崎市でファンを集める厳しさに限界を感じ、ホームタウンを移している。

いや、彼らの名誉のために言えば、生き残るために移さざるを得なかった、というのがより正しい表現だろう。

でもフロンターレは、その川崎市で活動し、そして現在地に辿り着いた。

今や、日本中のスポーツチームからお手本とされるクラブにまでなったのは皆が認めるところである。

だからこそ今、プロスポーツチームのフロントスタッフで働いている人、これからスポーツビジネス業界で一旗揚げたいと意気込んでいる人に、この映画を是非見てほしい。

如何にして今の川崎フロンターレが築かれていったのか。この映画から見て、感じて、行動してほしい、と強く想い、この記事を書くに至った。

ちなみにこの映画の総監督は里見夏生さん。横浜DeNAベイスターズで同僚であった人物である。

現在の横浜DeNAベイスターズも、フロンターレとは違った形でお手本にされるチームになっている。

だからだろう、スポーツを多くの人に届けたいという彼の想いも乗っていて、ますます説得力のある内容になっている。

スポーツチームが支持されるために必要な要素

この映画での最大の学びは、「スポーツチームが地域とどう密着すべきかの、ひとつの成功事例が、映画を通じて学べる」からだ。

映画の中でも触れられている通り、中村憲剛が川崎フロンターレに入団した年は、フロンターレがJ2で、もがき苦しんでいた時である。

前年・2002年の1試合平均入場者数は5,247人。ちなみにコロナ禍制限前2019年の、川崎フロンターレの1試合平均入場者数は23,272人。

「強くないからお客が入らない」のが20年前の川崎フロンターレの実際である。

自分も縁があり、2001-2002年に川崎フロンターレにインターンみたいな形で関わっていたのだが、等々力陸上競技場の印象は「ガラガラのスタンド」。

クラブの方は「地域密着で川崎市をフロンターレ一色に染めて、この等々力を満員にする」と事あるごとに語っていたが、到底信じることもできなかった。

「チームが強くないと満員は無理」「スター選手がいないと満員は無理」「スタジアムがサッカー専用じゃないと満員は無理」と思っていたほど、であった。

※振り返れば、自分もまだまだスポーツビジネスの世界は駆け出しだったこと、痛感します・・・

でも川崎フロンターレは今の「人気実力ともに日本一」といって遜色ない地位を築いた。

その過程には色々とテクニック的な部分もあっただろうが、映画の中で、当時の武田社長も語っていたように「これと決め、そして信じてやり続けること」を有言実行でやりきっていることが大きい。

川崎フロンターレが決めたこと、それは「地域に密着し、地域に愛されるクラブになる、それも全力でやり切る」だ。

フロントスタッフと選手の信頼関係こそ地域密着の鍵

Jリーグの設立理念に「地域密着」があり、それを具現化するために、チーム名称に企業名を入れず、地域名を冠する決まりがあることは有名な話し。

地域と共にクラブを成長していくことをJリーグはコミットした。

その理念に多くの人が共鳴し、それを実行してきたからこそ、今のJリーグの姿あるのは、多くの人が知るところだと思う。

でも一方で、地域密着を実行するのは、意外と骨の折れる作業だったりする。

特に大変なのが、具体的なアクティベーションを実行するまでの前準備の段階。

いわゆる「調整」がけっこう大変な作業だったりする。

フロントスタッフには優れた「調整能力」が求められる。

この調整の具体的な作業はだいたい以下の流れ。

多くはまず、イベント主催者から、希望する日時や内容、そして具体的な選手といったリクエストが届く。

これを受けてフロントスタッフが調整作業に入るのだが、クラブ側にもチーム都合やチーム状況を照らし合わせる必要がある。

当然、試合日や前日などは難しいし、アウェイ遠征時は物理的に難しい。

また内容面でも、これを実施するにふさわしいかと判別もある。

往々にしてリクエストは特定選手に偏りがちなため、選手の負担を考慮することも必要になる。

フロントスタッフは、芸能事務所のマネージャーのように、①「イベント主」⇔「フロントスタッフ」、②「フロントスタッフ」⇔「チーム」を同時並行で調整していく。

この作業は簡単なようで簡単ではない。

そして一番大切なこと。それは

選手『に』やってもらう」ではなく

選手『が』やる」にすること。

フロントスタッフが選手を焚き付け、選手が主体的に取り組むマインドになってなければ、同じ活動をやるにしても、その効果は半減どころかマイナスに作用してしまうこと。

つまり選手にイベント参加の主旨を説明し、そのことに選手に納得してもらい、選手を地域密着活動に参加させる。

そこには日々の信頼関係、そしてクラブの目指すべきところを選手はもちろん、チームに関わる全ての人が理解してないと、決して単発では活動できても、継続しない。

映画でもフロントスタッフの天野さんが「(中村)憲剛は断ったこと、たぶん一度も無かった。やる意味を説明したら、そこにコミットする選手」という主旨の発言をしていたが、これこそ大切な要素だったりする。

選手がイベントの主旨を理解できるようにフロントスタッフが話す。

選手がイベントの主旨を理解する。イベントに選手が主体的に、全力で取り組む。

こうした事前のコミュニケーションが成り立っていたこと、そこに対して理解し、フロントスタッフを経由してイベント主催の期待に全力で叶えようとする選手の存在こそ、実は地域密着を成功させるために大切な要素だと自分は思っている。

中村憲剛選手も「『地域密着をやっているから強くなれない』を覆したい」という強い想いが語られていたが、そこに対してブレずに挑戦した中村憲剛選手をはじめ川崎フロンターレの選手とフロントスタッフの、芯の強さは尊敬に値する。

「何が何でも地域密着して、川崎市に根付く」という熱量があったからこそ、一歩一歩着実に前に進んだと感じた。

地域密着活動を「目的」では終わらせない

「川崎フロンターレ=地域密着」というブランドが浸透しているのは周知のとおり。

しかし、他のJリーグクラブも地域密着活動は積極的に取り組んでいる。

Jリーグが毎年公表している「ホームタウン活動報告」を見ると、活動量で川崎フロンターレが飛び抜けているかといえば、そうでもない。

「Jリーグホームタウン活動調査2019年度版」より、クラブ年間活動回数を集計

湘南ベルマーレ   2,535回
アルビレックス新潟 2,041回
FC東京       1,995回
川崎フロンターレ  1,445回
浦和レッズ     1,161回
横浜Fマリノス   1,058回

もちろん、川崎フロンターレが相当数の活動実績であることは数字を見ても明らかで、これは尊敬に値する数字であるが、数で言えば上回るクラブもある。

ではなぜ「川崎フロンターレ=地域密着」という強いブランドイメージを抱くようになっているか。

それは、地域密着を「目的」だけでなく「手段」にしたからに他ならない。

B.LEAGUE開幕前に、NBA本部を訪問した際、NBA幹部の方のリーグ紹介で印象に残っている言葉がある。

それは「NBAはメディアカンパニーだ」と断言していたことである。

「NBAはバスケットボールを統括する団体ではありません。スポーツの感動を通じて多くの人の注目を集めるからこそ、その集まった注目を使って多くの人を巻き込み、社会に貢献していく団体なのです」

恐らく川崎フロンターレも、同じ想いで地域密着を行っていると推測する。

地域密着一つ一つの活動自体は小さな活動かもしれない。

しかし、スポーツチームや選手には多くのファンがいる。

競技を通じて多くの注目を浴びている。

スポーツチーム・選手の最大の強みは「発信力」だと自分は考えている。

そして、それをしっかり活用できているチーム・選手はまだ多くない。

チームが発信するからこそ、選手が発信するからこそ日の目を浴びる。

ファンをはじめとする多くの人々を、巻き込む力をチームや選手は持っている。

イベント主催者からすれば、「川崎フロンターレが協力してくれたから、人が多く集まった。予想を超える成果が出た」という事実が欲しいのが本音。

イベント主催者の本音の要望を、全力で叶えるよう行動することこそ、地域密着成功の鍵であり、継続し膨らませていくことの肝となる。

また逆もしかり。イベント活動を通じて、サッカーという文脈以外で繋がる人=ファンを増やすことにもつながっていく。

だからこそ、「ただやる」に留まらず、丁寧に発信することで、関わる全ての人を幸せにする。

チームが街の核に段々となっていく。

川崎フロンターレは、地域密着活動を「ただやる」のではなく、それをきっかけに相手にどう喜んでもらえるか、を全力で追及し、それより一人一人ファンを増やしていったのだろう。

だからこそ、発信にも積極的だし、発信できるよう、活動にも工夫が随所にみられる。

この辺りの活動の様子は映画でも紹介されていたが、その様々な活動の様子の映像や画像が、選手の笑顔と共に紹介されている事実こそ、彼らの成果なのだろう。

これは川崎フロンターレのスポンサーアクティベーションにも通じる。

中村憲剛選手や大久保嘉人選手らがバナナの被り物をしている様子は、かなりインパクトが強いものであるが、彼らにとっては「相手が喜ぶことを行う」という当たり前のことを行っている、に過ぎないのだとも感じた。

色々と書いてきたが、とにかく、 ONE FOUR KENGO THE MOVIE~憲剛とフロンターレ 偶然を必然に変えた、18年の物語~ はスポーツチーム運営者には絶対見てもらいたい映画だ。

映画の上映は川崎市の限られた映画館で上映されているのみであり、12月2日には映画館での上映が終わってしまうため、実際に鑑賞できる人は限られてしまうからこそ、ネット配信やDVD販売を検討してもらいたい。

本当に本当に、たくさんの刺激を受けました。

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